2019-04-01

中央線

東京に越してきて、今日初めて中央線に乗った。

何年か前、東京に少しだけ住んだことがあるのだけど、最寄りは恋ヶ窪だった。どこに行くにも中央線に乗らなければならなくて、各停、快速、中央特快を目的地によって使い分けていた。大体新宿まで出てしまうことが多いから、「中央特快に乗れると早いし座れるし良いなぁ」などとぼんやりと窓の外を眺めていたのを思い出す。

こんなふうに、住む場所が変わるとよく行くお店も変わるし、行動範囲ががらりと変わってしまうのは、興味深いけれど少し寂しくも感じる。

引っ越して2ヶ月が経った。東京で暮らしているという実感みたいなものは、特に感じられない。

東京の友人宅やシェアハウスで短期間過ごしたり、鹿児島と名古屋を行ったり来たりを繰り返す生活が長かったからか、「住心地」というか「住まい感覚」みたいなものが場所によって変わらなくなった。というか、比べなくなった、という方が正しいのか。

人は一つの場所に長く住むと、その場所に愛着を持つ生き物だと思っている。通いなれた道や常連の店、近くに住む友達、窓から見える景色、飲んだ帰りに寄るコンビニ。そんな他愛もないもの一つ一つに、僕らは感情を乗せていく。

住んでいる場所に満点を出せることは少なくて、少しの妥協を愛しながら日々暮らしているのだと、僕は思っている。

今まで住んできた、名古屋と鹿児島にはそれぞれの長所があって、それぞれの短所がある。だからこそ、比べるのはナンセンスだと思っていて、ただその土地の良いところを愛でて、少しの不便さを愛して行けばいい。

仲の良い友達と離れ離れになっても、今の時代なら簡単に会いに行ける。それに、東京に越してきて「前よりも気軽に会えるね」と話しつつ、会う頻度はそこまで変わらなかったりするから面白い。住んでいる場所が近いからと言って、会う頻度が高くなる訳じゃないのだ。会うときは会うし、会わないときは会わない。ただそれだけの話。

東京で住み始めた土地にも、長所と短所がある。

のんびりと余裕を持って暮らしながら、いつかどちらともを愛せるようになれればいいなと、そんなふうに思っている。

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